2006年02月01日

尾原美保のプロフィール

for%20Blog.jpg昔の名前:大社美保(たいしゃ・みほ) 何となく「本名」で仕事を始めてしまったが、翻訳者には「ペンネーム」を使っている人も多い。私もやれば良かった・・・と後で思ったが、珍しい苗字でインパクトがあったこの「昔の名前」からしたら、今の名前がペンネームみたいなもんだなあと思ってもいる。


生まれ:1971年鹿児島県。母がいわゆる「里帰り出産」で産む。


育ち:ほとんど大阪府茨木市。幼稚園から大学まですべて「家から一番近い学校」に進む。


大学:人間科学部という当時は珍しかった学部を選んだのは、高校時代に「好きな科目」も「やりたいこと」も「将来の夢」もなかったから。「理系と文系の中間」、「学際的」という謳い文句に「これなら自分ができそうなものがあるかも」と思った。


職歴など:


1994年 「典型的日本の大企業」に就職
  唯一の目標は大阪を出ること。これまた「やりたいこと」はなかったので、これまたとりあえず「新卒」でないと就職できなさそうなところに就職。5年弱の在職中、なぜかずっと経理部。当時はつまらなかったが、これがフリーランスになった今、とっても役に立っている。簿記2級を取得、青色申告は得意。唯一の目標は達成し、これより関東(東京、千葉、神奈川をウロウロ)在住になる。


1998年 「外資系中小企業」に転職
 「やりたいこと」がだんだん定まってきたので、「英語」、「出版」をキーワードに転職活動し、ドイツ系の学術出版社に入社。英文学術誌の制作、編集に携わる。


2000年春 翻訳学校へ 
 出版社で編集の仕事をしていて、「編集される側」になりたいと思い、「フリーランスの専門職」を目指すことにする。このころ結婚したので、出産、育児となるとその方が都合がいいだろうと思ったのが大きな理由。(会社勤めが嫌になってきたのがもっと大きな理由?) ライターか翻訳家になろうと思い、どちらにでも役立ちそうな「日本語を書くことを重視する翻訳学校」に半年通いながら、翻訳や執筆の仕事を探しはじめる。


2000年秋 フリーランスへ
 執筆や翻訳の仕事が少しずつ入ってきたので、思い切って出版社は退職。派遣やアルバイトでも翻訳関係の仕事をしながら、フリーランスの仕事を並行。はじめは実用書などの翻訳が多かったが、以前から好きだった海外の「ビジュアルブック」出版社の日本支社が翻訳者を募集している求人広告を見て「これだ!」と応募。トライアルに合格し、以降この分野にシフトしつつ現在に至る。その間、出産2回。なので、いちおう、「ワーキングマザー」。


振り返ると、私の人生、すごく「消極的」というか「消去法的」に進んでいます・・・。若いころは「目標」とか「夢」とかが本当にありませんでした。今やっと方向性が定まって、「ビジュアルブックの専門家になりたい」、「自分で企画して翻訳または執筆したビジュアルブックを出版したい」と思っています。なので、翻訳以外の出版関係の仕事にもチャレンジしていきたいと思っています。


しかし、ここまで来るには時間がかかりました・・・大学生のころから、「ビジュアルブック」好きだったんですけどね。どうして、こういう仕事を思いつかなかったんだろう??自分でも不思議です。


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投稿者:尾原美保 00:05 | コメント (0) | トラックバック (0) |

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